坑道のカナリア

2010-03-08

“Canary in a coal mine” =“坑道のカナリア”とは、小鳥が酸素の薄い常態で元気がなくなる性質を利用して、昔の炭坑夫が山にはいる際に、先頭を歩く坑夫に鳥かごをもたせて危険予 知をしたことに由来します。 

話していても頭が良く、独創的で、やや内向的なタイプの子どもたちのなかで、学校、職場の閉塞感や重い空気を敏感に察知して、外のにごった世界から逃れて自分の家の中に閉じこもる、わかものが増えています。 

彼らと話して気づくのは、10歳まであまり外で遊んでおらず、母親との密接な関係や過保護が垣間見え、どこかもろいところがあるようです。 そのため中学入学くらいから友達やグループとの人間関係がうまく築けなくなりはじめています。 良い子なのですが、親の過剰な期待にこたえるのが嫌になっており、心を許せる友人もできず、どこか孤独で、家庭から出るのもおっくうになり、次第に、出なくなった自分自身に子ども自体がしばられるようになり、 他方、親は親で、父親の実家と職場、母親の実家と職場という、異なる2つのしがらみで子どもを巻きつけてしまい、いわば3種類のしがらみに子どもは絡まって、がんじがらめの状態になっていることが多いのです。 

不登校やひきこもり、ニートなど集団不適応を示す、子どもやわかものでは、多くの場合、問題の根幹は家族のなかにあり、中でも父親と母親の夫婦の関係に大きな比重がうかがえます。 しかし、わたしの外来経験では、渦中にいる子どもと親が、そのことに気づくことはたいへん難しく、それゆえに、父親と母親が本質的に変わることも少ないようです。 しかし、不思議なことですが、それでも、ご夫婦で外来においでいただけるご家庭では、子供は大きく変わっていくのです。 親が少しでも変わると子どもは大きく変わり始めます。 そしてこどもが良くなりだすと、今度は夫婦の仲が良くなる現象が起きます。

現在の核家族は、機能的で良いのですが、一旦、うまく動かなくなると、外部の介入なしに家族のなかで問題解決ができなくなっています。 そのため、親が家族の外に、腹を割って話せる人を見つけて初めて、我が子が集団不適応から回復を始めるのかもしれません。 

このようなことから学校不適応が表面化した子どもでは、遅くとも15歳から18歳までに、何らかの形で親元から切り離してあげるほうがよいように見えます。 

その機会を逃すと、せっかく就職しても、まじめなのに人間関 係が築けず、職を転々とするようになり、そのうち専門性を活かせない仕事に就かざるをえなくなり、すべてが思いどおりにいかなくなるように思えて次第に自立の道を閉ざしてしまい、年老いた親の家に引き篭もるようになるようです。 米国の友人によれば、2年前からアメリカでも、大学(≒ほとんどがビジネススクール)を卒業した若者たちが郷里に戻り、親の家で暮らし始めているといいます。どうやら、ひきこもりは日本だけの現象ではないように思えてしかたないのです。


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